三種の神器は壇ノ浦で平家とともに沈んだ?神器の伝説や祀られている場所は?

日本でも有名な国宝といえば、代々皇室に伝わる三種の神器。

平家と源氏の戦いにおいて追いつめられた平家は、当時の安徳天皇と三種の神器とともに入水したと平家物語では書かれています。

今からおよそ8世紀前の壇ノ浦の戦いの中で失われたとされる三種の神器は、今はいったいどこにあるのでしょうか

今回は、三種の神器は壇ノ浦で平家とともに沈んだかについてや、神器の伝説や祀られている場所について調べてみました。

壇ノ浦で見つからなかったのは三種の神器のうち一つだけ

平氏と源氏の戦いは両軍が政権を争うかたちで当時の日本を巻き込む一大合戦となりました。

寿永2年(1183年)に源頼朝・義経の兄弟から従兄弟にあたる源義仲に都を攻められた平家は、安徳天皇と三種の神器とともに西へ転々と落ち延びます。

最後に行き着いた壇ノ浦の彦島にて、平家水軍は最後の抵抗を試みましたがあえなく敗れてしまいました。

その戦いの後に回収されなかったものが、草薙の剣(くさなぎのつるぎ)とよばれる三種の神器のうちの一つです。

三種の神器である国宝「草薙の剣」は今も海底の中に

先ほども述べました壇ノ浦の戦いにて、追い詰められた平家とともに入水した安徳天皇と三種の神器のうち、草薙の剣だけが見つからなかったと記述されています。

沈んでしまった場所である壇ノ浦は現在の山口県下関市周辺を示す地名であり、本州と九州を結ぶ関門橋が福岡県北九州市とを繋いでいます。

三種の神器は失われていなかった

三種の神器が壇ノ浦に沈んだと伝えられていますが、実は持ち出されたのは「草薙の剣」と「八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)」の二つです。

もう一つ「八咫の鏡(やたのかがみ)」は伊勢神宮にて安置されたままでした。

持ち出された草薙の剣は失われてしまいましたが、もう一方の八尺瓊勾玉は海底に沈むことなく、源氏によって発見されました。

壇ノ浦の戦いで源氏が得たもの

壇ノ浦の戦いにて平氏一族を滅ぼした源氏ですが、三種の神器の二つを手に入れ、政権を狙うライバルも打ち倒しこれで大団円、とはならなかったのが史実です。

壇ノ浦の戦いで功績を立てた源義経ですが、兄である源頼朝と対立し元歴2年(1185年)には戦となりました。

この戦いでは朝廷に取り入った兄の頼朝に軍配が上がり、遂には義経を追討させるよう朝廷に働きかけました。

今でいう全国への指名手配、といったところです。

追い詰められた源義経は平泉にて自害し、激動の生涯に終止符を打ったのです。

三種の神器の伝説といまはどこにあるのか?

先ほどから述べているこの「三種の神器」ですが、そもそもなぜ「神器」とよばれるようになったのでしょうか。

ただの鏡や剣ではない、その由縁を次の項目で紐解いていきます。

三種の神器の草薙の剣は「武の象徴」

草薙の剣は天叢雲剣(あまのむらくものつるぎ)ともよばれ、実はそれぞれの名称によって由来が異なるのです。

伝説によると、スサノオノミコトが出雲国でヤマタノオロチ(八岐大蛇)を討伐した際、その尻尾から見つけたのがこの剣と言われています。

草薙の剣の由来は、ヤマトタケルノミコトが伊勢神宮にてこの剣を受け取り、当時の駿河国(日本の旧東海道を含む、茨城県から三重県までを示す)で剣を用いて野火を払ったことから、「草を薙いだ剣」として世に知られることとなりました。

天叢雲剣は日本神話において八つの頭を持つ大蛇、ヤマタノオロチはあまりの大きさにその頭上へ雲がかかっていたことから、その様子と見つけ出された剣をあわせて「天叢雲剣」とよばれるといわれています。

三種の神器の八咫鏡は真実を映し出す「知の象徴」

八咫鏡は日本書紀においては真経津鏡(まふつのかがみ)ともいわれています。

日本神話においては、天照大神が天の岩戸に隠れてしまった際に世界は暗くなりました。

再び世界に光を取り戻すために八咫鏡といわれる鏡を使って天照大神を現世へ興味を持たせたことから、伝説の鏡といわれるようになったのです。

三種の神器の八尺瓊勾玉は古来から現存する神器

八尺瓊勾玉は三種の神器のひとつである剣と合わせて剣璽(けんじ)ともいわれ、日本書紀においては三種の神器の一つに組み込まれるかどうか判断しかねるものでした。

天照大神が身に着け、スサノオノミコトと対峙したその由来から三種の神器の一つとされたのです。

特筆すべきはその大きさであり、八尺つまりおよそ140cmを意味し、その大きさを物語っています。

しかし誰も実物を見たことがないことから、これは大きさを表した比喩ではないかといわれています。

三種の神器はそれぞれ祀られている場所が別

「草薙の剣」は、現在愛知県名古屋市の熱田区に建立している熱田神宮にて祀られています。

「八咫鏡」は先ほどの通り、三重県伊勢市の伊勢神宮にて箱の中で祀られていると伝わっています。

そして、「八尺瓊勾玉」は現在の皇居にて納められており、皇居の場所は東京都千代田区にあります。

三種の神器、いつの日か公開される?

現在日本の各所に祀られている三種の神器ですが、じつは誰の目にも触れられることなく、その存在は皇室の御一族でさえも見ることができないものです。

見ることはできないけれども確かに存在する、そんな三種の神器は平成最後となる4月30日と令和元年の5月1日に行われる天皇の退位と即位でも、これら三種の神器が用いられています。

壇ノ浦の戦いにて平家と源氏がともに争いあった国宝、三種の神器。

いつか一般公開されることはあるのでしょうか。

以上、三種の神器は壇ノ浦で平家とともに沈んだのか、神器の伝説や祀られている場所についてでした。

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