元筋肉少女帯の石塚BERA伯広さんが事故死〜大槻ケンヂとの関係や代表曲は?

ロックバンド「筋肉少女帯」の元メンバーで、ギタリストとして活躍していた石塚BERA伯広さんが、26日に交通事故で死去されていたことが伝えられました。

ギタリストのみならず音楽プロデューサーとしても活躍し、音楽業界を縁の下で支え続けた石塚さん。

彼の死去に、音楽関係者のみならず、ツイッターでも戸惑いと悲しみの声が見られます。

亡くなった原因は交通事故

亡くなった原因は交通事故です。

27日9時4分に、石塚さんの従兄弟の方がツイッターで発表し、石塚さんの息子に対して高津警察署交通捜査課へ連絡するように、との呼びかけがありました。

そしてその日の午後10時15分に、ブースターストアの本橋さんから友人代表として改めて報告がありました。

その報告に、ツイッターでも「嘘だと言って欲しい」「信じられない」「残念だ」との声が上がっています。

石塚さんはギタリスト兼音楽プロデューサー

石塚BERA伯広さんは筋肉少女帯の元ギタリストです。

筋肉少女帯の12、13期のメインギタリストを担当していました。

時期としては1985年から1986年であり、筋肉少女帯のメジャーデビュー前の初期です。

また、1998年に出た筋肉少女帯のライブトラック集である「80年代の筋肉少女帯」でもメインギタリストを担当しています。

その音楽活動は、1980年に「MAIM MAIM DANCERS」のメンバーとして参加したことが最初です。

インディーズレーベルのナゴムレコードを中心に幅広い交友関係があり、同じく元メンバーである太田明さんとの「YTJ」、P-MODELで有名な中野テルヲとの「MODE-ID」など数多くのバンドを経験しています。

ギタリストのみならず音楽プロデューサーとしても有名です。

ナゴムレコードを中心として、日本のアンダーグラウンドのミュージックを支え続けた、と言っていいでしょうね。

代表曲は「釈迦」

さまざまな曲のギターとして活躍してきた彼の代表曲を一つ挙げるなら、「釈迦」でしょうね。

今でも筋肉少女帯のライブの最後に演奏される名曲です。

イントロから始まるギターの音に聞く方はグイグイ引き込まれます。

大槻さんと組んだ「電車」

大槻さんと石塚さんは、「電車」というバンドを結成しています。

他のメンバーは、ベースの佐藤研二さん、ドラムの小畑ポンプさんです。

2001年にアルバム「電車トーマソ」が発売しています。

2004年に大槻さんが脱退して休止状態でしたが、2014年に活動を再開し、今でも活動しています。

電車は2001年から2005年までに3つのアルバムを出しています。

その3アルバムは入手困難であり、長らく幻のプレミア品でしたが、2017年にその3アルバムを一つに纏めた作品である「0’年代の電車 3TITLES」がリリースされました。

その作品の中には31の楽曲が入っています。

興味のある方は購入してみるのもいいかもしれませんね。

近年では戸川純さんのバンドのギタリストとして有名

近年では歌手の戸川純さんのバンドでギターを担当していることが有名みたいですね。

戸川さんの歌声と、それに負けないくらいの素晴らしい演奏が近年の戸川さんのライブの魅力だったようです。

岡山市のライブハウス「Desperado」で今週3月2日に行われる戸川純さんのライブに石塚さんも出演予定でしたが、公式ツイッターによりますと、戸川純さんの希望によりギター抜きでのライブになるようです。

もしかしたらそこで、石塚さんに対する追悼の意を捧げることがあるのかもしれませんね。

年齢は53歳

年齢は53歳でした。

2015年5月2日に、新宿ロフトで石塚さんの50歳の誕生日を祝うイベント「BERATREK 50th
ANNIVERSARY」が開かれています。

それ以降も開かれていることがあり、石塚さんの功績と人柄が忍ばれます。

筋肉少女帯

筋肉少女帯は日本のロックバンドです。

大槻ケンヂさんが高校時代の1982年に、内田雄一郎さんと結成した「筋肉少年少女隊」のが最初であり、1984年に「筋肉少女帯」と名を改めて、ナゴムレコードよりインディーズデビューしています。

最初の頃は、うどん粉を顔に塗りつけて、などのノリで完全にキワモノであったそうです。

YAMAHAのコンテストでも、パフォーマンス賞や審査員特別賞を受賞しています。

それでも音楽センスは確かなものだったのでしょう、徐々に音楽として完成されていき、純粋な音楽ファンも増えていきます。

話題となった「高木ブー伝説」を経て、1988年にトイズファクトリーよりメジャーデビューしています。

人気は収まる所を知らず、大槻さんはオールナイトニッポンのパーソナリティに選ばれたり、また筋肉少女帯の看板番組を持つほどになりました。

そして1990年に日本武道館でライブを行い、そして1994年までに計4回行っています。

その後はメンバーで個々の死後が増えたり、メンバーの音楽性の違いや、所属事務所の経営破たんなどにより1999年に活動を停止しています。

しかしまた2006年に活動を再開し、現在もその活動を行っています。

筋肉少女帯はハードロック

その奇抜なスタイルや曲名のタイトルから、コミックバンドと勘違いされやすいですが、筋肉少女帯はハードロックが基本です。

重厚にて多彩なサウンド、それに大槻さんの幻想的な歌詞が加わることによって高い完成度を持つ曲がメインであり、今なお熱狂的なファンがいるバンドなのです。

ご冥福をお祈りいたします

まだ53歳という若い年齢であり、今後の活動も予定されておりました。

音楽業界に多大な貢献をし、今後の活躍も期待されていただけに痛恨の出来事と言っていいでしょう。

石塚BERA伯広さんのご冥福をお祈りいたします。

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