金田正一死去!ブルゾンちえみも悲しむ理由は?経歴や記録に記憶に残る試合は?

プロ野球で史上最高の投手と名高い金田正一さんが、都内の病院で亡くなられました。

お笑いタレントのブルゾンちえみさんは、個人的に親交があったとして金田さんを悼むコメントを発表しています。

ブルゾンちえみさんは、金田さんとどのようなお付き合いがあったのでしょうか。

また金田さんの経歴や、野球選手として現役だった頃に残した記録や記憶に残る試合とはどのようなものなのでしょうか。

今回は、金田正一さんの死去のニュースや、金田さんの経歴や記録・記憶に残る試合、ブルゾンちえみさんが金田さんの死去に悲しむ理由などについてまとめました。

金田正一とは

金田正一(かねだまさいち)さんは、元プロ野球選手です。

1933年8月1日生まれであり、愛知県出身です。

享年は86歳です。

国鉄スワローズ(現:東京ヤクルトスワローズ)と読売ジャイアンツで投手を務め、1950年から1969年の19年の現役時代の中で、日本プロ野球史上唯一の通算400勝を達成しています。

引退後は監督や野球解説・評論家としても活躍しており、ロッテオリオンズ(現:千葉ロッテマリーンズ)の監督を務めています。

またプロ野球で素晴らしい成績を収めた選手により構成される、日本プロ野球名球会(通称:名球会)の初代会長を務めています。

金田正一の経歴

金田さんの経歴は以下の通りです。

◯1949年…愛知県の享栄商業高校野球部にてエースを務める

◯1950年…国鉄スワローズ入団

◯1958年…通算200勝達成

◯1964年…国鉄スワローズ退団。この時点で、通算311勝を記録する

◯1965年…読売ジャイアンツ入団

◯1969年…読売ジャイアンツ退団。また現役を引退する

◯1972年…ロッテオリオンズの監督就任(~1978年:第一次ロッテ監督時代)

◯1990年…ロッテオリオンズの監督就任(~1991年:第二次ロッテ監督時代)

これ以降は野球解説や野球評論家・また野球の振興に務め、それとともにタレント活動を行っています。

金田正一の記録

金田さんは多数の記録を残しており、どれも他の選手の追随を許さない大記録となっています。

特に挙げられるのは奪三振の数であり、入団から毎年最多奪三振を達成しています。

19年間で達成した奪三振は「4490」であり、2位の米田哲也選手の「3388」と比べても圧倒的な数字と言えます。

また勝利数は「400」であり、2位の米田選手の「350」を大きく引き離す結果となっています。

参考:日本野球機構(http://npb.jp/bis/history/ltp_so.html)(http://npb.jp/bis/history/ltp_w.html)

現在は投手のローテーションが戦術として組まれている時代であり、金田さんのような連続試合出場はほとんどありません。

この事から、この記録が破られることはほぼあり得ないと言われています。

金田正一の記憶に残る試合

金田さんの記憶に残る試合として有名なのは、読売ジャイアンツの終身名誉監督である長嶋茂雄さんとの一騎打ちでしょう。

長嶋さんは1958年からプロ野球選手として活動しており、初出場の試合は国鉄スワローズで金田さんが投手を務めています。

長嶋さんは立教大学出身であり、東京六大学野球で首位打者を獲得するほどの活躍を見せた逸材です。

新進気鋭のルーキーに対し、金田さんはその試合において4打席連続三振を収める素晴らしいピッチングを披露しています。

しかし、むしろその試合において金田さんは長嶋さんの底知れぬポテンシャルを感じ、いつかは負ける日が来ることを予期していたとされています。

金田正一、都内の病院で死去のニュース

6日午前、プロ野球で史上最高の投手とも言われている金田正一さんが都内の病院で死去したことが報道により判明しています。

死因は急性胆管炎で、後日長男の賢一さんが喪主として通夜や告別式が営まれる予定です。

プロ野球で唯一の400勝を達成するなど史上最高の左腕投手と呼ばれ、ロッテの監督も務めた金田正一(かねだ・まさいち)氏が6日午前4時38分、急性胆管炎による敗血症のため、都内の病院で死去した。86歳。通夜・告別式は近親者のみで行われる。喪主は長男賢一(けんいち)氏。後日「お別れの会」を行う予定だ。

引用元:スポニチ Sponichi Annex 野球(https://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2019/10/07/kiji/20191007s00001173179000c.html)

金田正一の死去の詳細

金田さんは今年8月に入ってから体調が急変したと伝えられています。

8月1日の金田さんの誕生にはステーキやすしなどを食べるという健啖ぶりでしたが、その1週間後に腹痛により入院し、その後1か月以上も絶食状態であった模様です。

最後は2人の娘さんに看取られながら、穏やかな顔のままこの世を去ったとされています。

金田正一を悼む方々

金田さんの訃報に対し、様々な方達が金田さんを悼むコメントを発表しています。

◯ソフトバンクホークスの会長で読売ジャイアンツ時代に同僚だった「王貞治」さん

◯オリックス・バファローズ監督の「西村徳文」さん

◯元読売ジャイアンツ監督の「堀内恒夫」さん

から金田さんの思い出や感謝の気持ちを含んだコメントが発表されており、またこれからも続々と増えていくことが予想されます。

金田正一を悼むブルゾンちえみ

金田さんの死去に対し、お笑いタレントのブルゾンちえみさんが自身のインスタグラムで金田さんを悼むコメントを発表しています。

ブルゾンちえみさんはタレントとしてブレイクする前はホテルでアルバイトをしていました。

金田さんはそのホテルの常連であり、何かとブルゾンちえみさんを気遣っていたとされています。

ブルゾンちえみさんがブレイクした後も親交は続き、ブルゾンちえみさんにとって心温まる大事な相手だったのでした。

ブルゾンちえみさんはその訃報に対し、ショックと悲しみで涙が止まらないとしながらも、

「たくさん涙は出ましたが これからも心の中に金田さんがいてくれる そばで見守ってくれていると感じます 今ではなぜか安心感さえも出てきている 一生懸命、生きる!!!!!!!!!!!!!」とつづった。

引用元:日刊スポーツ(https://www.nikkansports.com/entertainment/news/201910070000154.html)

とコメントしており、今後もしっかり生きていくことを金田さんに誓ったのでした。

金田正一の死去

戦後のプロ野球黎明期において、その圧倒的な実力によるプレイングはまさしく野球界そのものをけん引したと言えるものであり、そしてプロ野球の振興に大いに活躍したと言えるでしょう。

今後のますますの野球界の繁栄を願うとともに、偉大なるレジェンドである金田正一さんのご冥福をお祈りいたします。

今回は、金田正一さんの死去のニュースや、金田さんの経歴や記録・記憶に残る試合、ブルゾンちえみさんが金田さんを悼む理由などについてまとめました。

金田正一関連記事

関連記事

『ワンダフルガールズ』って憶えていますか。 TBSの深夜番組『ワンダフル』で番組アシスタントを務めていた女性たちです。 初代ワンダフルガールズメンバーとして、今でもご活躍されている代表格的な方は、釈由美子さんや国分佐智子さんを輩[…]

関連記事

5月10日発売の写真誌「FRIDAY」が久々の大物カップルについて報じています。 そのカップルとはフジテレビのクジパンこと、久慈暁子アナウンサーと東京ヤクルトスワローズの投手、原樹理選手です。 女子アナと野球選手の交際や結婚はこ[…]

関連記事

甲子園の岩手予選決勝での佐々木朗希選手の休場に対し、TBS系列の情報番組「サンデーモーニング」のスポーツコーナーのご意見番として知られる張本勲さんの発言が話題となっています。 張本さんの意見によって炎上騒ぎになったことはこれまでにもあ[…]

最新情報をチェックしよう!