いだてんで徳井義実が演じた大松監督を調査!経歴や金メダル獲得の背景もチェック!

戦前から戦後のオリンピックを題材としたNHK大河ドラマ「いだてん」。

その中で、お笑いコンビ「チュートリアル」の徳井義実さんによる日本バレーボールチームの大松監督の演技が話題となっています。

そして徳井さんの素晴らしい演技もさることながら、史実の大松監督にも注目が集まっています。

1950~60年代の日本バレーボールチームの黄金期を築いた名監督ですが、その経歴はどのようなものなのでしょうか

1964年の東京オリンピックで金メダルを獲得した背景は、どのようなものなのでしょうか

今回は、いだてんでチュートリアルの徳井義実さんが演じた大松監督の経歴を調査し、東京オリンピックで金メダルを獲得した背景などについてまとめました。

徳井義実が「いだてん」で熱演した大松監督

徳井さん演じる大松監督がバレーボールチームの監督辞意を撤回する内容が放映されたいだてん。

選手たちの私生活を考える大松監督に対し、主人公である田畑政治やチームメイト達が必死で撤回を訴え、ついに最後まで戦い抜くことを決意した重要な回となっています。

この回に関する評価は非常に高く、視聴者からも絶賛する声が多数上がってきています。

自粛中の徳井「いだてん」熱演15分放送される「徳井で泣いた」「これはカットできない」

1日放送のNHK大河ドラマ「いだてん」で、申告漏れと所得隠し問題で活動を自粛中のチュートリアル・徳井義実(44)の熱演シーンが前後半の要所で計約15分にわたって放送された。

徳井は、1964年東京五輪で東洋の魔女と呼ばれた日本女子バレーボールを率いて金メダルを獲得した大松博文監督役。1日の放送では冒頭、五輪まで2年となった時期に、“鬼の大松”こと大松監督が辞意を示し、主人公の田畑政治(阿部サダヲ)が説得に行くも、頑なな態度を示すところからスタート。

終盤では、再び説得に訪れた田畑に大松監督が、これ以上選手たちの青春を奪えないと切実に訴えるシーンや、選手の思いを受け、最後は再び名セリフの「俺についてこい!」を叫ぶ場面などが描かれた。
(中略)
1日の放送後、ネット上では「徳井のシーンで今日は一番泣いた」「いい役だ」との感想が相次ぎ、「カットは出来んわ」「これは確かにカットされてはいけない」「徳井はずすのムリなわけだわ」と放送に理解を示す声も。一方で「徳井もいい演技するのに、何でまたあんな事になっちゃったのかなぁ」と残念がる声もみられた。

引用元:ヤフーニュース(https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191202-00000047-dal-ent)

徳井義実の大松監督に対する敬意

今年10月末、チュートリアルの徳井さんは税金の申告漏れによって芸能活動を自粛しています。

この回の放送も危ぶまれましたが、注意書きのテロップが流れたり、予定放送時間より少な目にすることで放送されています。

その演技は、相手となった名女優である安藤サクラさんと堂々と渡り合えるほど素晴らしいと絶賛されています。

また徳井さんは中高でバレーボールをやっていたこともあり、大松監督に対して以下のように敬意を語っています。

チュート徳井「いだてん」出演、女子バレー監督“鬼の大松”役に「すごく光栄」

徳井は今回のオファーに対して「宮藤官九郎さん脚本の大河ドラマですし、阿部サダヲさんも大好きなので、めちゃくちゃうれしいです」とコメント。

大松が過酷な練習をさせることから「鬼の大松」と恐れられていたことについては「中学・高校とバレーボールをやっていたので“鬼の大松”のことは知っていました。

『そんな怖いイメージ、俺にはないし……』と一瞬ひるみましたが、大松監督を演じられるのはすごく光栄なことだと感謝しています。

あの日のバレーボール少年に『お前は将来、大松監督をやるんやぞ!』って言ってあげたいです」と語っている。

引用元:お笑いナタリー(https://natalie.mu/owarai/news/344554)

大松監督とは

大松監督は、1964年の日本バレーボールチームの監督です。

本名は「大松博文」であり、1921年2月12日に生まれ、1978年11月24日に没しています。

日本バレーボールチームを東京オリンピックで優勝に導いた名監督として知られ、その過酷な指導により、「鬼の大松」との異名を持ちます。

その戦歴は凄まじく、1953年に監督就任し1964年に辞任するまで175連勝を成し遂げており、日本バレーボールチームは「東洋の魔女」と呼ばれるほど畏怖されています。

大松監督の経歴:バレーボール監督以前

大松監督は関西大学出身です。

学生時代にバレーボールに打ち込み、かなり有名な選手として名を挙げていた模様です。

そして関西大学を卒業した後、大日本紡績(現:ニチボー)に就職しています。

その後、第二次大戦の激化と共に1941年に従軍し、中国大陸へ渡り様々な場所を転戦しています。

そして生存者がまるで残らなかった最悪の作戦と言われる「インパール作戦」に従軍し、口にすることもはばかれるほど悲惨な体験をしています。

この従軍は大松監督の性格を大きく変えたとも言われており、人を導く立場の恐ろしさを痛感させた出来事とも言えるでしょう。

大松監督の経歴:バレーボール監督以後

戦後である1954年、大松監督はニチボーの女子バレーボールチームに就任します。

そこで大松監督は女性相手にも徹底した指導を行っています。

その厳しさは世間の話題となるほどでしたが、それと共に成績は急上昇し、

◯全日本総合

◯全日本実業団

◯都市対抗

◯国民体育大会

の国内4大タイトルの栄冠を果たしています。

そして遠征したヨーロッパ先でも全勝を果たしており、さらに世界選手権、そして東京オリンピックで金メダルを獲得しています。

大松監督に対する選手達の信頼

上記の大松監督の異名やエピソードに対し、血も涙もない恐ろしい方を想像する方も多いでしょう。

しかし実際には真剣に選手一人一人と向き合い、親身になって指導していたとされています。

選手もその真心を理解しており、全幅の信頼をおいていた模様です。

オリンピックを身近なものにした
「けがをしたりしても、自分で考えて、自分で克服しました。先生はオレについてこいと言ったけど、私たちも(ただ従うのではなく)自分で考えてついていったんです。先生が一生懸命なのを見ていたから、私たちもその一生懸命さにこたえてついていった。やめようなんて思ったことは、誰にもないと思います」

チームの大黒柱、キャプテンの河西昌枝はのちにそう語った。「みんな、結婚するなら先生のような人がいいと言っていた」という言葉からは、師弟の間に熱い情が通い合い、固い信頼の絆があったことがわかる。「なせば成る」は監督のみならず選手全員の思いでもあり、また「おれについてこい」は「あなたを信頼しているから、ついていく」でもあったというわけだ。

引用元:笹川スポーツ財団(SSF)スペシャルサイト(http://www.ssf.or.jp/history/Olympic_legacy/tabid/1735/Default.aspx)

大松監督のチームが金メダルを獲得した背景

現在ではスポーツにも科学的な研究が進んでおり、根性論や精神論は時代遅れとも言われています。

しかし大松監督は、情熱はあらゆる厳しい局面を見据えそして乗り越えようとするエネルギーであり、そして何より人と人を繋ぐ和と成り得ることを証明したと言えるでしょう。

そうした情熱と信頼に溢れた日本バレーボールチームであったことが、金メダルを取るほどの実力チームとなった背景と考えられます。

大松監督の残した影響

今回の放送は問題タレントを起用した内容を放送することで、何らかのトラブルなどが発生するのではとも懸念されていましたが、実際には今作屈指の名場面として評価されています。

それは大松監督の残した良い影響が、現在にも伝わっているからこそだと言えるでしょう。

今後のいだてん、そして来年の東京五輪にも良い影響が伝わることを願います。

今回は、いだてんでチュートリアルの徳井義実さんが大松監督を演じたニュースや大松監督の経歴、東京オリンピックで金メダルを獲得した背景などについてまとめました。

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